Logic and Metaphysics

アクセスカウンタ

zoom RSS フリッチョフ・シュオン「十字架」(2)

<<   作成日時 : 2010/08/08 19:19   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 「あなたがたの内罪を持たない者のみが、まず彼に石を投げよ」。私たちはすべて同じ罪深き実体であり、このはれ物である悪に感染しやすい物質で作られている。その結果、私たちは、疑いなく間接的ではあるが現実的な仕方で、悪に参与している。あたかもすべての人が自らすべての罪を部分的に背負っているかのようである。この場合、罪は宇宙的偶然として現れる。正確に大きな尺度におけるエゴのように。厳密に言えば、エゴのない人は罪がない。その人は、そのことによって、あたかも風のようである。誰も「どこから来てどこから来るのか言え」ない。もし神のみが罰を与える権利を持つなら、それは神がエゴを超えているからである。憎しみとは、神の座に自らを置く傲慢、人間共通の悲惨を分有していることの忘却、私たちのものである「我」に何か絶対的なものを宛てること、を意味する。彼は、多くの反動やもつれによって成る人間の実質から、「我」を区別しているのだ。人間が、「我」の上に立つ、もしくは立ちうるかぎりにおいて、神が時折罰する権利を与えることがあるというのは真実である。しかし、神の道具となるということは、人を憎しむということではない。憎しみにおいて、人は「原罪」を忘れ、そのことによって、ある意味で、人の罪を自ら負う。それが、愛すべき私たちの敵を憎む時でさえ、私たちは自らを神とする理由である。他人を憎むということは、神のみが完全であり、神のみが裁き手であるのを忘却することである。健全な論理として、人は「神の内で」そして「神のために」のみ憎むことができる。私たちは「不死の魂」ではなく、エゴを憎まなければならない。他のなにものでもない神を憎む人をその限りで憎まなければならない。まとめると、私たちは神への憎しみを憎むべきであり、その魂を憎むべきではない。

  「十字架を負う」とは、実存的十字架に自身を結びつけることである。存在の領域には、「罪」の極と「十字架」の極がある。快楽に投げ出された盲目と、停止する良心、「広き道」と「狭き道」。「十字架を負う」とは、本質的に「潮流を泳ぐ」ことではない。それは「諸霊を見分ける」ことであり、見かけ上無である真理の中で堕落せぬことである。「十字架を負う」とは、それゆえ、この無、この神への戸口に耐えることである。世界はうぬぼれであり、エゴイズムであり、熱情であり、間違った知であるので、「十字架を負う」とは、謙遜、慈愛、「死ぬ」こと、「小さな子供のように」なることである。この無は、私たちがうぬぼれている限りにおいて、苦しみである。無は私たちを苦しめる。煉獄の火は無に他ならない。それは燃え上がる私たちの実体である。神が私たちを憎むことを望むゆえにではなく、それが存在のレベルに応じてそうであるところのものであるから――それが「この世のもの」だからである。

 十字架は聖なる裂け目であり、それを通って無限から慈愛が流れ込む。二つの次元が交差する十字架の中心は、見捨てることの神秘である。それは、魂が自らを失う時、「もはやない」「いまだない」、「霊的瞬間」である。キリストの受難全体のように、この叫びは、人がそこにおいて放棄によって共有せねばならない悲しみの神秘であるだけでなく、反対に、神のみがもたらしうる「はじまり」である。彼が神であるから、彼はそれをもたらす。これが、「私のくびきは負いやすい、私のくびきは軽い」の意味である。人間にゆだねられた勝利は、すべにイエスによって勝ち取られた。人間にとって、この勝利に自らを開くこと、それゆえ、自ら自身になることのみ残されている。

 論理学者の場合の「抽象」は、肉と成った言葉の場合は、あたかも具体である。ロンギヌスの槍は単にキリストの脇腹を刺しただけだ。槍を流れ落ちる聖なる血の一滴は人の手に触れる。その瞬間、彼にとって、世界はガラスの家のように崩壊する。存在の闇は引き裂かれる。彼の魂は、滴る傷のようになる。彼はあたかも酔っているかのようであるが、その酔いは冷めており純粋なものだ。彼の生の全体は、それゆえ、十字架の下での一瞬を千回繰り返す反響のようである。彼は単に生まれ変わったのだ。真理を彼が「理解」したからではなく、真理が彼を実存的につかまえ、「具体的」な仕方で、彼をこの世から引き裂いたからである。肉となった言葉は、ある仕方で物体となった真理である。しかし同時に、変容し、新しく創り出された物体、燃える、変容する、放出する光としての物体である。

(おわり)


テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
フリッチョフ・シュオン「十字架」(2) Logic and Metaphysics /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる